幻影
好きな男がいる。
その男には、顔が無くて、
わかっているのは
彼の身長が178センチメートルということだけ。
初めて会ったのは、二年前、
ただただ白いだけの空間で、
彼と私は二人並んで歩いていた。
会話を交わすこともなく、
ただただひたすら終わりの見えない道を
二人で歩いていた。
二人の距離は30センチメートル。
彼の手と私の手は時折触れ合い、
彼の体温が空気を伝わってくる。
手をつなぐのかつながないのか
もどかしくてもどかしくて
でも、手をつなげないことが
幸せで仕方なかった。
そして、一か月前、彼は再び私の前に姿を現した。
彼と私は灰色の海にいた。
その日は曇りで、時折吹く風は生温くて、
肌にまとわりついてくる。
景色が色を失う中で、砂浜のみがその色を残していた。
彼と私は、裾をまくり、海のほうへと歩き出した。
生暖かい風とは対照的に、
海はつめたかった。
太陽は消えていた。光が消えていた。色が消えていた。
荒廃した景色の中で、
私と彼は、温度だけを感じ取っていた。
彼は何者であろうか、次はいつ会えるのであろうか。
私は彼に恋をしている。